
前作、「地球移動作戦」で「結城ぴあのはピアノドライブを発明し、宇宙のかなたへ消えた」という事実は開示されてました。そのうえでお話を作るわけだけれども、なかなか良くできてたと思います。
ちなみに前作中ではこんな風に触れられていました。
ピアノドライブの考案者である日本人女性、結城ぴあのは、自分で設計した宇宙船で太陽系外に旅立ち、消息を絶った。専門家は残された設計図を調べ、こんなずさんな構造の船では太陽系外に出る前に分解したか、生命維持装置が故障したか、空気漏れを起こしたかしただろうと考えている。だから彼女は公式には「太陽系外に出た最初の人間」とは認められていない。その一方彼女が今も宇宙のどこかで生きていると信じているものは少なくない。結城ぴあのの奇妙な人生は、なかば現代の神話と化しているざっと見返したけれど、これくらいしかぴあのについての詳細な記述はない。
「地球移動作戦」で地球を動かすために必要なガジェットとして想定されたであろうピアノドライブ。無から負のタキオンを生みだし(なのかな?)、その噴射で稼働するというトートロジーに満ちた、まあ言ってみれば永久機関なんだろうけれど、これがないと地球は動かせなかったわけですね。
結城ぴあのの存在はピアノドライブの発明者としての設定が先で、あとからその人生を描こうと思いついたのか、あるいは結城ぴあのの物語の方が先にあったのか、興味が深まるところですが、単に発明者としての設定だけならば、「宇宙に消えた」とか「奇妙な人生」という記述はいらないだろうし、私は後者なんじゃないかなーという気がしています。
とにかく、こういう筋立ては先に決まっていて、読者も既知なわけです。それにをなぞって話は進むんですが、結末を知っていても非常に面白い話運びでした。
女の子でマッドサイエンティストと言えばまずは火浦功の「みのりちゃん」シリーズなんだろうけれど、ああいうファンタジックな世界じゃなくて、かなりリアリティラインが現実寄りになってる。あとはイメージでいえば「南極点のピアピア動画」とか、あまり評価はしてないんだけれどw機本伸司「神様のパズル」 の穂瑞沙羅華とか、宇宙船のあれこれについては「スペースプローブ」あたりを思わせるところもありますね。
宇宙のかなたへ去った者、ということでイメージとしては航空宇宙軍史の仮装巡洋艦バシリスクかな。あれは戦闘中に不本意ながら故障のための加速で地球に戻れなくなっちゃうんだけど。
ぴあのはさ、前作の主人公のイメージもあってもっと定型的なツンデレかと思ってたら、ゴリゴリに信念の人で意外でした。そういうマニア向けの属性を全部こそぎ落として、科学の素養と宇宙への欲求だけに特化した存在ですね。なかなか勇気のある設定だと思いました。
ピアノドライブは軌道エレベータと一緒だよね。何かのブレイクスルーで現在の化学燃料ロケットが高効率な推進装置に代替されない限り絶対に宇宙は拓けない、と。そういう縛りの中で、ぼくらは宇宙を見上げているわけです。
それは化学ロケットしか持たない現代のわれわれには非常にせつない話でもあるんで、どこかの天才さん、ぜひピアノドライブを発明してくださいませ。よろしくお願いします。