記事にあるように、昼時などの混雑時に券売機前に行列が出来てしまう為の機会損失はすぐに思いつくのだが、実際の理由はそういうことではないらしい。
「いやいや、券売機を置いたほうが作業の繁雑性ははるかに小さくなるから、労働生産性を徹底的に追求しているわれわれとしては、本来、券売機は必然の道具です。しかし、非常に矛盾に満ちたことではあるけれど、券売機を置かないことで大事にしたいことがあるんですよ」吉野家に情緒があるか、というとこれは難しい問題。出てくる牛丼自体は完全に均質化された商品であり、ある意味最適化された合理主義の精緻とも言えるものだ。
安部社長は、券売機を置くと「ご注文は何にいたしますか」という接客用語が、ひとつ減ってしまうという。そして、代金の受け渡しという接客行為もひとつ減る。それゆえ、券売機を置かないというのだ。なんとも情緒的な回答である。
そういう商品を商いながらも、人と人とのつながり方を模索する経営者の姿はなかなかもって興味深い。
「大事にしたい文化とは、サービスで言えば、お客さんと目線を合わせなくても、お客さんの動作の一部始終を把握しているといったことですね」顧客満足度向上の観点から言えば、まったくもって正しい態度だ。粋の影に生産性が潜むのか、効率向上を粋で飾るのか。
たとえば、客がお茶を飲むとき、角度が高くなれば、それはお茶の量が少なくなっている証拠。すかさずお茶を追加する。客が食後に胸ポケットを探れば、それは薬を取り出す仕草。すかさず水を持っていく。つまり、客から要求されるより先に、客の動きによって求められるサービスを察知し、要求を満たす。
たまには吉野家へも行ってみようかと思う。
冒頭の写真は築地市場場内にある吉野家一号店。
【仕事の最新記事】
よく見てよく聞けば、あとは多少頭が悪くたって大丈夫っす。
エサじゃないんだから♪
私もコレ読んだ時ナルホドと思いました。
どんな商売も、はじめに人ありき なんですよね。
チケットを自販機で買うレストランってのも
海外からのお客様には相当クールだそうですけど(笑)
カメラを持つものが被写体を見る目。
模型を作るものがディテールを見つめる目。
目の前にあっても見えないものを見るためには自覚的な目が必要なようです。吉野家に券売機がないのは私にとっては盲点というか、見えているのに見えないものだったようです。
もっと大きく目を開けなくちゃ。
ちなみに私はいつも愛想のいい客です。
日本でも有数の義理と人情の江戸っ子エリアですものね。
外国にはああいうサービスエリアの食堂タイプのレストランってあまりないんですか?!
そう言われれば、アウトバーンのSAで小銭チャリチャリ入れているゲルマン人とかもなんか妙な感じですね。
たまにコーヒーの機械があったくらいで。
大体カウンターで「あいんまる、むにゃむにゃ、びって」でした。
見えていても観ていない、聞こえていても聴いていない、素通りってありますねぇ。
ましてや自分のアラなんぞ、そうそう見えるもんじゃないです。@(;・ェ・)@/反省…
どうやらそこにジャパニーズサイバーパンクを感じるようです(爆)
秘書検定○級を持っている私としてはなかなか実践する場所が無いなぁと思っていたのですが。
いざとなったら吉野家行くわ。
フルスペック大盤振る舞いで仕事が出来そうです。
国家施設では七割くらいしか発揮できなかったから。
秘書でもあらせられたのですね。存じませんでした。
吉野家でおでこからピピっと火花を散らして、無口なお客さんとの心の会話だー!