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2006年12月06日

人類は、「宇宙」に進出する?

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「あんただって航宙士訓練校で宇宙船員(ふなのり)のイロハを勉強したんだろう?」
「なら最初の講義でツィオルコフスキーの残した言葉を教わったはずだ」
「『地球は人類にとってゆりかごだ だがゆりかごで一生を過ごす者はいない』」
「今ゆりかごを出ようとしている人類の一員としてオレたちは負うべき使命があるんじゃないのか!?」
「八郎太」「だまされてるぞ そいつぁツィオルコフスキーのついたウソだ」
「何をっ……!!」
「20世紀初頭に宇宙旅行を夢みたロシアのおっさんがそれを叶えるために一発吹いたのさ」
「大先輩(ツィオルコフスキー)は頭がいいから自分の欲望を人類全体の問題にすりかえたんだ」(幸村誠「プラネテス」2巻)
 ここには一定の真実があると思います。

 人類は宇宙になんか行かなくても生きて行ける。宇宙に出る運命なんて負わされていないし、それでなんにも問題はない。

 でも宇宙に出たい奴がいるんです。そいつがプレゼン上手だったり、声がでかかったりすると、そいつがプロジェクトを推進する。
 そういう人は、目的のためにはどんな手段でも使うし、たとえ相手がヒトラーでも笹川*一でも冷戦構造でも、金を出すならスポンサーとしてうまく利用する。
 で、いつの間にか「人類の問題」にすりかえるのも常套手段。自分の名声がうまく利用できるなら使わない手はないですね。最たる例はフォン・ブラウンなんでしょうか。それともやっぱりツィオルコフスキー?

 要するに動機は「個人的」なんです。「自分が」月へ、火星へ、宇宙へ行きたい。たとえ世界全部をだましてでも「自分が」宇宙で暮らしたい。クルト・タンクじゃないですが、本当はフォン・ブラウンだって、自分が一番にロケットに乗りたかったんじゃないですか?松本零士の「エルベの蛍」にも出てきますね、そういうロケット技術者。

 そういう「個人的動機」に上手にだまされて、「世界が宇宙へ向かう日」というのを夢想します。私自身は声も小さいし、なんの実力もないけれど、宇宙へは行きたいと思うし、人類は宇宙に進出する「べき」だと思います。たとえ向こう100年収益の上がらないプロジェクトだとしても。
 それは私が世界に対して無責任に語る場であるからこそ言えることなのかもしれません。地上に存在するさまざまな問題をまじめに考えれば、宇宙開発を優先するのは、「行きたい奴」のエゴなのかも知れません。

 でもそういう未来を夢見るのです。人類の未来のひとつの姿として。

 現実問題として、宇宙からどれだけの富が生み出せるか、というのには、「行きたい奴のついた嘘」というか「行きたい派」の出してくるバイアスがかかったデータが多分に含まれているような気するので(笑)、客観的な評価というのはなかなか難しい話だと思います。
 そもそも「地上は資源不足だから宇宙へ出よう」とか言うのは重力に反して物資を持ち上げたり下ろしたりする輸送コストその他を考えると、現実的には限りなく嘘に近い提案じゃないでしょうか。
 もっというと「地上にはもうこれ以上住めないから宇宙へ」ってのはもう完全に嘘でしょ。資源が枯渇して地上が荒れ果てたとしても、それでも宇宙で暮らすには莫大なコストがかかるし、何より住みにくいと思うぜ。

 が、そこまで考えてもなお「人類が生きている目的は宇宙へ出るためだ」といった言辞が、胸に快く聞こえることには自分でも驚きを禁じ得ません。

 なにをおいても、そう信じたい自分がいます。

posted by delta16v at 12:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事・ニュース
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