2008年07月03日

虐殺器官

 「虐殺器官」読了。

 世界が現在よりも混迷を深め、「虐殺」事件が後を絶たなくなった時代。世界を安定させるため虐殺の首謀者を暗殺することを主任務とするアメリカ特殊部隊の隊員のお話、というと省略しすぎだろうか。

 世界は重層化している。血と汗と涙のレイヤーの上に貧困と繁栄のレイヤーがあるのがこの「現実世界」だ。

 作者、伊藤計劃氏はWEBプロデューサが本業だそうだが、そう聞けばこの構成がOSI参照モデルを意識せずに構築されているとは思えない。

 主人公に虐殺の首謀者として暗殺されるターゲットが「レイヤーワン」と呼ばれるのは、要するに重層化された頂点の存在だからだろう。OSI参照モデルで言えば、最上級レイヤーならアプリケーション層か。そう言えば、ジョン・ポールの仕事は基本的にプレゼンテーションだった。L6層だな(そうじゃないだろうw)。

 上の事象を支える下のレイヤーというのはかならず存在するし、上のレイヤーから見ると抽象化、仮想化された下層のレイヤーを意識することはない。それは例えばカースト制度などの「同一レイヤー内での階層分離」とは異なる思想で、上層のレイヤーから見た下層のレイヤーは、自らを支える基盤でありながら、存在自体も認知できないように抽象化されているものなのだ。

 実はアメリカのジョークではかの「31の大罪」のごとく、8階層以上のレイヤーを見つけたなどというものもあるらしい。さらにOSI参照モデルの7階層モデルをさらに上下に拡張して技術的でないことまで指し示してしまう、というジョークもある。
また米国では、OSI参照モデルの7階層モデルを拡張して技術的でないことまで指し示してしまう、というジョークもある。良く知られているのは10階層モデルであり、「第8層ユーザ層」「第9層財務層」「第10層政治層」あるいは「第8層お金層」「第9層政治層」「第10層宗教層」などとなっている。

ネットワーク技術者が「第8層問題だよ」と言っていれば、それは「ネットワーク自体には問題は無くて、エンドユーザに問題があるんだよ」という意味である。同様に、財務層に問題があるとはコストの面で問題があるということ。お金で解決出来ることは決して少なくない。政治層では、中国政府のGoogleの検索への干渉のように、政治的な関わり。宗教層は「信ずるもの」の意味である。

OSIモデルをTaco Bellモデル(7段重ねのブリトーで有名)と比喩することもある。

「第0層土建層」(有線ネットワークを敷設する建物の構造)という比喩もある。
 そうか、宗教が最上層レイヤーか。うまいなぁ。

 人間の本質が虐殺であるという点。それは「器官」という言葉が表現する通り、心がけや思想などの後天的なものでなく、人間に備わった先天的な特質であるという発想である。その「器官」を刺激すると不随意的に「虐殺」が発生するわけだ。

 「利他的な愛」というものが後天的である以上、それを突き詰めることこそが真に人間的であり、文化的なあり方なのではないか、とも思う。ア・プリオリな特質と、ア・ポステリオリな思想。いったいどちらが人間の「本質」と呼べるのだろうか。突き詰めれば「不自然なもの」こそが真に人間的なものなのかもしれないけど。原作版ナウシカかw

 さまざまな特性を「後付け」で得てきた人類。こんな「虐殺器官」なんてものが単なる盲腸のような器官でありますように。

 最後には悲劇的というか、自罰的な結末を迎えるわけだが、確かにそうしないと話をまとめようがないとは思う。ジョン・ポールを肯定して終わるわけにはいかないものわかるけれど、話をたたむ段階であれしか持って行きようがなくてああなっちゃったという感が否めないのが残念だ(一応ネタばれ回避w)。その結末が本来の作者の思想だったのか、構築しようとしてできなかった利他的な行動を描いたエンディングもあり得たのかは興味深い思考実験だ。ネタばれしないようにしているので、わかりにくい感想になっちゃいましたがご勘弁を。

 そう言えば山本弘「メデューサの呪文」も、「破滅の言葉」と戦う言語学者が主人公ですが、なんかインスパイアというかネタ元とかあったっけかなぁ。シンクロニシティって奴でしょうか。

 この「虐殺器官」、今では「ゼロ年代ベスト」とか言われていますが、うーん。時代を変えるとか、そういう大げさなものでもないような気がするなあ。でもいろいろと考えさせられる一作ではありました。

posted by delta16v at 08:11 | Comment(4) | TrackBack(0) | 本・雑誌
この記事へのコメント
はじめまして、あちこち検索して感想を読んでいます。

OSIの7階層の話は面白いです。最初は気持ち悪い小説と思ったけれど、途中から引き込まれました。

「31の大罪」ってどんな話ですか。
Posted by ぺぺろん at 2008年07月14日 09:41
コメントありがとうございます。

>ぺぺろんさん
「31の大罪」は、ハインラインの「宇宙の戦士」に出てくる兵隊内の与太話です。あれも面白いので、もし未読でしたらぜひ一読をお勧めします。

「虐殺器官」、作者の伊藤計劃氏ははてなでブログをお書きになられているようです。要チェックです。
Posted by delta16v at 2008年07月15日 07:51
主人公、弱すぎだよね。メンヘラぎみだし、すぐ捕まるしwww
スネークを見習うべき。。
Posted by LED at 2008年07月17日 11:46
LEDさん、コメントありがとうございます。

確かにちょっと弱いかも。仮想戦記ならもうちょっと違う結末になるでしょうね。

戦闘能力は高いのですが、それが実はズルなほどのハイテク装備によるものであったり。それよりもなによりも、主人公の心が弱くて、読んでいてドキドキします。かえってそれが今風なのかもしれませんね。

読んでいて、ああ、それ飲んじゃだめー、とか叫びたくなります(笑)。志村後ろ後ろ状態。

戦友は残念でした。
Posted by delta16v at 2008年07月17日 16:27
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